2020年に、絶滅種鎮魂祭の発案者であり祭司を務めるアト゚イと出会い、2021年から参加させていただくようになりました。
1年目はアト゜イの付き人(伝令係)、2年目は『なめとこ山の熊』の奉納朗読、3年目はアイヌ詩曲舞踊団モシリの一員としてレクイエムの語りを任せていただきました。
翌年は、その語りのリベンジとともに、パネリストとして舞台に登るはずでした。
それが思いがけず、辞退することになりました。
きっかけをつくったのは、父の一言でした。



「あの北海道は、もういいんじゃないか?」
前年のレクイエムの語りで言い間違いをしたリベンジとして、毎朝練習を欠かさなかったある日のこと。
父がぼそっと、こう言いました。
「あの北海道はもういいんじゃないか?」
私が決めることなのに、なぜ父に指図されなければならないのか。正直、憤りを感じました。
しかし、父の言葉は知らず知らず心に根を下ろしてしまいました。
皆さんに会いたい。あの場所の空気感も大好き。
でも、本当にあのイベントに参加したいのかな。
舞台で語りをやりたいのかな。
私は、人の期待に応えようとしているだけなんじゃないか。
すでに飛行機やレンタカーの予約を終え、届いた案内文書にはパネリストとしての私の名前も載っていました。
よし、「今年、精一杯出し切って終わりにしよう」と心に決めました。
そんな状態で、トビーさん&カヨさんが主催するバリ島ツアーに参加しました。
お二人は、北海道ツアーでアト゚イとの縁をつないでくださった方々です。
たまたま、カヨさんと夜に話をする機会がありました。
最後に、ついでにこれも話しておこうと、アト゚イのこと、絶滅種鎮魂祭のことをお伝えすると、こう返ってきました。
「そっかー、じゃあ、キャンセルするんだね」
反射的に、答えました。
「いやいや、今年は約束しているから参加するよ」
そうは言ったものの、この時の会話が頭から離れませんでした。
自分の心に嘘はつけない
バリから帰国後、一人、スーツケースを引きながら歩いていると、いろんな思いが湧き上がってきました。
辞めると決めているのに、先延ばしする必要はあるのかな。
そんな気持ちで、みんなにどの面下げて会えるのかな。
そんな気持ちで、舞台に立つのは失礼じゃないか。
絶滅種鎮魂祭は、意義のある素晴らしいものです。
しかし、残りの人生をかけてやりたいことなのか。
私はほかにやるべきことがあるのではないか。
私はただ、アト゚イやモシリの皆さんたちの期待に応えたかったのです。
そこにはっきりと気づいてしまいました。
一旦辞めると決めたら、もうその意図は放たれています。
Uターンして勤めた職場を辞めるときも、そうでした。
意図したら、もはや時間は関係ない。
自分の心に嘘はつけない。
「約束したことは守るのが当たり前」。
それが自分の長所だとも思ってきました。家族にも他人にも、それが当然のように接してきました。
でも、いくら約束したことでも、破らざるを得ないこともあるのだと、このとき初めて気づきました。
最初から自分の心に気づいていれば、約束もせず、誰にも迷惑をかけることはなかったのですが。
自分の心に問うこと。やろうとしてきたけれど、できていなかった。
「〇〇すべき」。誰かの期待に応えようとすることが多い自分でした。
なぜ、誰かの期待に応えようとしてきたのか
島根の家に戻って、改めて、自分の心に問いかけてみました。
どうして人の期待に応えようとしていたのか。そこには何があるのか。
出てきたのは、人に認められたい、とりわけ自分が憧れ、尊敬する人に認めてもらいたい、という気持ちでした。
そんな人が期待をかけてくれたら、全力でその期待に応えたい。その人が喜んでくれれば、私も嬉しい。
つまり、相手の喜びによって、自分自身を満たそうとしていたのです。
自分が憧れ、尊敬する大きな存在であればあるほど、満たされるエネルギーは大きくなります。
それを一言でいえば、「依存」でした。
私は、これまで、どこか自分に自信がなかったんです。
だから、認めてもらってびっくりして、嬉しくて、その期待に応えようと頑張る。
そういうパターンが、繰り返されてきたように思います。
会社や仕事への依存も、同じ延長線上にあります。
これは、おそらく幼い頃の両親との間で培われたもの。
親に嫌われたくない、いい子に思われたい、そんな思いがあったのではないかと思います。
のちにこれは、父からの自立にもつながっていきます。

思い立ったら、行動に移す
結局、4回目の絶滅種鎮魂祭への参加は辞退させていただきました。
ただ、勇気の出なかった私は、アト゚イに直接電話をすることができませんでした。
メールと手紙で自分の気持ちを綴るのみでした。
直接、話せなかった分、どこまで伝わったかは分かりませんが、私の気持ちはスッキリしました。
自分の心に嘘はなかったから。
それから3年。
たまたま海外ツアーで一緒だった、Tくんとご飯を食べる機会がありました。
人の期待に応えようとしていた自分に気づいたんだ、という話の流れで、アト゚イの名前を出しました。
すると、「僕、その名前知ってる。先週会った知り合いが、今度会いに行くと言ってたよ。」
まったく、世間は狭いものです。
アト゚イは今も、精力的にアイヌの精神世界を縁のある方々に伝えているのですね。
私もアト゚イの言う「第三の哲学」を、自分なりに歩んでいきたいと思います。


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