東京からのUターン
高校を卒業後、大学生、社会人とずっと独り暮らしでした。それでも、母に乞われ、お正月、ゴールデンウィーク、お盆は必ず帰省していました。
2018年の暮れ、恩師からの1本の電話をきっかけに東京からUターン。実家のすぐ近くにアパートを借り、毎日、両親の住む実家に通っていました。
2023年4月、隣町の果樹や畑に囲まれた平屋を見つけて引っ越しましたが、母に先立たれた父を世話するため、毎日、実家に通っていました。
それが先月、兄夫婦が再び、実家で父と同居することに!
なんで、同居するの?
実は、嫁舅の折り合いが悪く、兄夫婦は一度出て行ったのでした。私がUターンで戻ったことも影響していたと思います。
しかし、父は私と一緒に過ごしたほうが絶対気がラクなのに。 食事の好みも分かっているし、お風呂も入れてあげられるし、 自然療法の手当てもできるのに。
また同じことの繰り返しなんじゃないの? 当事者も周りの誰もが思っていることでした。
私は父が同居を希望する気持ちを想像はできても、理解ができませんでした。
父は94歳。糖尿病、アトピー、狭心症、不眠症、鼠径部ヘルニア等々、まるで病気のデパートですが、気力は残っています。父には父なりの、兄夫婦には兄夫婦なりの思いがあるのでしょう。
しかし、引っ越しに際して、食器棚のセットが3人分に変えられたとき、やっぱり私の分はないんだぁと、グサっと来ました。
兄夫婦と一緒に父を世話できればいいと思っていた私は、家から追い出されたような気持ちが拭えませんでした。
こんなときこそ、クリアリング
私が学び・実践するIAMには、思考や感情のエネルギーを手のひらで捉え、感謝して手放す方法があります。
引っ越し当日、自分でもびっくりするぐらい、気持ちが切り替わっていました。
引っ越し業者さんから荷物を受け取ると、父を湧き水汲みに連れて行きました。父に心得を話しつつ、引っ越し蕎麦と称してお蕎麦を食べて帰りました。
夕方、再度、実家に父のために作った塗り薬を届けに行くと、 兄嫁が惣菜のお土産を持たせてくれ、玄関先まで見送りに出てくれました。
すごく嬉しかった。
共依存だったよね
私は幼い頃から、末っ子長女として家族に頼りにされてきました。 私が面倒をみなきゃ、やってあげなきゃとずっと思っていました。 Uターンをすると、余計に拍車がかかっていたのかもしれません。
そして、いくら高齢でも、父は父です。戦中を生き抜き、なんでも自分でやろうとする逞しさがあります。
父の庇護の下から去ることも、正直怖かった。
結局、家族としての結びつきが強かったと言えば聞こえはよいですが、 共依存だったのだと思います。
今回は、物理的にも精神的にも、強制終了!
ここからが新たなスタート
引っ越しの三日後には上京し、そのままイギリス・アイルランドの旅へ。二週間の不在となりました。
帰ってきたら、正真正銘の独り暮らしがスタート。一年前にリフォームしたお風呂の湯船に初めて浸かりました。食事も自分だけのため。
まだぼちぼちですが、ここからが新たなスタートです。 このブログ開設もその一環となりました。


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