頭で考えたことと、心から願ったこと

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「願えば叶う」の、本当のところ

願ったことは、努力して、ときに我慢しつつ、粘り強く取り組み続ける。
それが正しいと思ってきました。

でも、それは本当なのでしょうか。

2022年という年は、私にとって大きな節目の年になりました。
今回は、その一年を振り返ってみようと思います。

叶ったはずの願いを、手放した

Uターンをして会社勤めをしていた頃から、NPO法人森の蘇りの活動「きらめ樹」に興味を持っていました。
友人の「ワークショップに参加した」というFacebookにピンときて、
数日後にはNPOの本拠地である静岡に学びに行っていました。

2020年の年末に会社を辞める頃には、
とりあえず、この間伐材を利用する仕事をやってみようという気になっていました。

できるかどうか分からない。だけど、やってみよう。
やってみないと分からないから、と思っていました。

ポリテクセンターの住宅リフォーム科での学びを終えた2021年の夏、
友人を介して、「きらめ樹」に興味を持ってくださった方に出会いました。
その方に仲間と一緒に木工を教えていただくなかで、
工房付きの事務所を買わせていただく話が持ち上がりました。

事務所と言っても、無垢の木も使われた、とても明るくて眺めのいい素敵なおうちでした。
しかし、課題は次々と出てきます。
土地の湿気、家の構造、土場や製材機の置き場所、そして住まいへのリフォーム。
そのたびに、一つひとつ手立てを考えて、時間をかけてクリアしていきました。

そこでは、ポリテクセンターでも学んだ素材や手法を調べ、
資格も取ったCADで図面を何度も書き直し、大工さんとの打ち合わせも重ねていきました。
木工機械だけでなく、それを教えてくれる先生も身近にいる。
願ってもない機会でした。

まさに「願ったことは叶った」と思いました。

それまで、実は何度か違和感も感じていました。
しかし、その都度、理由をつけて自分を納得させていました。

あと数日で売買契約を締結する、という段取りまで進んだとき、思いもよらない事件が起こりました。
その日の夜半、もう無理だ、白紙に戻すしかないと思えました。

それでも、1年以上、時間をかけて丁寧に一つひとつのステップを踏んだつもりです。
あの期間はいったい何だったのか。
それでも、もう後戻りはできないと、背中を押してもらうつもりで、信頼できる友人たちに話を聞いてもらいました。

結局、2022年の3月、自分からその工房付きのおうちは手放すことになりました。
悔いはまったくなく、むしろ爽やかな気持ちで手放すことができました。

流れが変わったのを感じました。
心の整理を手伝ってくれた友人たちには、今でも感謝でいっぱいです。

「ねばならないだな。」

その1か月後、「きらめ樹」の本部がある富士宮へ出かけました。
もともと、富士宮でそのおうちのリフォーム用の木を伐り出し、製材する予定だったのです。
キャンセルするのもなあと、急遽、研修に切り替えてもらいました。

島根から、京都の友人宅経由で、富士宮までマイカーを運転して行きました。
こんなに長距離を運転したのは初めてでした。けっこう、しんどかった。

着いた日の夜、NPOを立ち上げた今は亡き大西義治さんに、ひとこと言われました。

「ねばならないだな。」

そして、「きらめ樹」仲間のまっこちゃんにも。

「そんなんじゃ、木も喜ばないよ。」

ガーン。息を呑みました。

私は、自分が皮むきで命を終わらせた木への責任感で、
また、日本の森林を守っていかなければならないという思いで、工房を始めようとしていたのです。

木の命を頂いたからには、なんとかしなければならない。
その「ねばならない」が、頭の中で私を動かし続けていました。

もうそれからしばらくは、先のことが考えられなくなりました。
しかし、当時、申し込んでいた、IAM(間脳エネルギー活性法)の施術の勉強だけは始めることになりました。

なぜIAMの施術の勉強?

もともと、自分のからだは自分で治さないとダメだろうな、と思っていました。
ちょうど1年前からセルフケアのライオンあくびを続けていたこともありますが、
思いついたのは、あの工房付きのおうちがきっかけでした。

一角に空きスペースがあり、そこを何に使おうかと思案していた際、
施術ルームにできるんじゃないか?と閃いたのでした。

その工房付きのおうちが流れたあと、施術の勉強だけは残りました。

畑付きの平屋との出会い

工房付きのおうちを諦めてちょうど半年が経った頃。
ふと気になって、空き家バンクのホームページを開いてみました。

すると、今まで見たことのなかった、畑付きの平屋の物件があったのです。

眺めは良さそうですが、一人暮らしには、かなり広い。
父に話すと、「管理が大変だぞ」と言われました。

そうだよなと思いつつ、父に反対されたことが、ちょっと悲しく落ち込みました。
それでも、不動産屋さんに聞いてみるくらいはいいじゃないか。
そう思い直した翌日、なぜか父が言い出しました。

「やっぱり、お前がやろうとしていることには、いいんじゃないか。」

父よ、私が何をやろうとしているのか、知っているのか?
私でさえ、よく分からないのに。

とはいえ、気をよくして不動産屋さんに電話をすると、返ってきたのはこの一言でした。

「あら、ちょうど今日決まったところです。」

名前も名乗らないまま、電話を切ることになりました。
広いおうちでしたから、きっとふさわしい家族連れが入られるのでしょう。
このおうちにはご縁がなかったんだな、と思いました。

それからすぐ、予定していた、岐阜の友人のところへ遊びに行きました。
お寺を参拝しているとき、携帯電話がブルブル震えました。
留守番電話を聞いてみると、不動産屋さんからでした。

「キャンセルが出ました。内覧されますか?」

すぐにかけ直し、内覧の予約を取りました。
その週末の日曜日、客観的な意見も聞きたいと、内覧に友人たちも呼びました。
ちょうど持ち主の方もいらして話も聞けました。
友人たちも「大丈夫じゃない?」。

翌日には父を連れて行き、父も気に入ったふうでした。
その翌日、不動産屋さんに購入の意向を伝えました。

内覧から三日目で決まりました。

何が違ったのか

今回、私は何の努力もしていません。
空き家バンクで調べて、電話をしただけです。

ただ、以前から、畑付きのおうちがほしいとは思っていました。
車で行く畑ではなく、歩いて行ける畑。採れたての野菜を、その日に食べたい。

そうしたら、柿や栗、鬼ゆず、山椒、キウイの木が植わったおうちに出会ったのです。

ここでも、「願えば叶う」。

けれど、工房付きのおうちと畑付きのおうちの購入では、明らかに違いがありました。

工房付きのおうちは、私がサインさえすれば、購入できました。
少なくとも「きらめ樹」の活動という、願いの第一段階はクリアできたのです。
しかし、あとからあとからいろいろな課題が出てきて、契約までの道程も苦しかった。
最後に、あの事件です。

まるで、「あなたの道は、ここではありません」と言われているようでした。

それが、今度の新しいおうちは、三日で決まったのです。
不思議だなあと思いました。

「工房を手に入れたい」は、本当に、私の心の奥底からの願いだったのか?
木の命を頂いたからには、なんとかしなければならないというのは、
まさに、頭で考えたことでした。

「採れたての野菜を食べたい」は、頭で考えることではありません。
「食べなければならない」ではないのですから。
それは、心から欲したことでした。

おそらく、そこが違ったのだと思います。
頭で考えたのか、それとも心からの願いだったのか。
それによって、結果は変わってくるのです。

もし工房付きのおうちを自分から手放さなかったら、今とは別の今があったはずです。

心からの願いを、感じ取る

心からの願いだと思っていても、
案外、「ねばならない」の思考が仮面を被っていることがあります。
他者の期待や思い込み。

それを見分けるのは、ちょっとした心の動き、違和感やからだの感覚かもしれません。
その心とからだの小さな声に耳を澄ましてみる。

そのためには、静かに自分と向き合う時間が必要なのだと思います。

振り返れば、東京の会社員時代の安定した暮らしから、随分と変化を遂げてきたものです。
心の声にしたがっていけば、ものごとは案外スムーズに進んでいくのかもしれません。
まずは、少しの時間、お茶でも飲みながら、自分の内側の声に耳をすます時間をとってみませんか?
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