「やりたい! でも、自信がない」
そんな経験は誰にでもありますよね。 でもそこで勇気を出せるかどうか、その一歩で、未来は随分変わってきます。 今日はそんな体験を。
アイヌの古老、アト゜イが司祭を務める絶滅種鎮魂祭で起こったことです。アト゜イについては、以前、投稿しました。私の忘れえぬ恩人です。

チャンスの前の前哨戦
初めて出会った際、アト゜イに絶滅種鎮魂祭に誘ってもらいました。翌年、参加した鎮魂祭では急遽、彼の付き人をやることに。

アト゜イから、シンポジウムについてどうだったと聞かれました。
フチ(おばあさん)の言葉や、人間の、自分の身勝手さが頭をめぐりました。目の前に魂入れされた熊の頭蓋骨を見つつ、温かい熊汁をいただいているときで、なんだか訳が分からないまま涙が出てきました。
何も言えない私に、 「俺はホラ吹きだ。でも、志の高いホラ吹きだ」と言って、笑っていました。
アト゜イは若い頃、絶滅種を鎮魂することが今世の自分の使命だと思ったそうです。絶滅種鎮魂祭は、人間が絶滅させてしまった種に反省と感謝の祈りを捧げ、彼らを神の国に送る儀式(イオマンテ)なのです。
島根に戻ってお礼の手紙を書いていると、以前、朗読したことのある宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を思い出しました。
なぜかそのとき、今なら朗読できる、と思ったのでした。
チャンスはスルっとやってくる
そして1年後、再び絶滅種鎮魂祭に向けて出発する直前、20年振りに『なめとこ山の熊』を30分かけて朗読する自分がいました。
まさかこのとき、本当に朗読することになるとは😅
鎮魂祭の前々日、お手伝いに現地入りした私に、アト゜イは、せっかく島根から来たんだから、何か芸はできないかと聞きました。たまたまコロナで奉納演奏が一つなくなってしまったとのこと。
歌やダンスはどうかと言われても、 「できません。ただ、昔、趣味で朗読はやっていました」
5分でできるものはあるかと言われても、 「いやあ、ありません」
自分で作った詩でもいいからと言われても、 「いやあ、そんなのできません」
話が立ち消えになるなか、頭の片隅に『なめとこ山の熊』が浮かんでいました。でも、そもそも原稿は持って来てないし、全部読むと30分はかかる。あとでインターネットに原稿が載っているかどうかを調べてみようと思いました。
夜、一人になったとき、「青空文庫 なめとこ山の熊」で検索してみると、一発で出て来ました。後半で区切りのよいところがあり、試しに読んでみたら7分。
5分ではないけれど、明日アト゜イに話してみようか。 実際に聞いてもらうことになるかもしれないからと、夜中、何度も何度も練習をしました。真夜中、12時は過ぎていました。
しかし、なかなか言い出せない
そして翌日。
しかし、なかなか言い出せませんでした。よく考えたら、奉納するのはプロの演奏家の方々。素人の私が、しかもこの20年練習もしていない私がおこがましい。
やっぱり言うのはやめよう。 でも、言わなかったら絶対に後悔するのは分かっていました。
午後、勇気を出して、アト゜イにこそっと話しました。 「朗読なんですが、『なめとこ山の熊』、7分だったらできます。」 「長いなあ。」 「ですよねえ。まあ、ちょっと聞いてもらって。そもそもだめかもしれないし。」
あとから考えれば、よく粘ったなあ😅
『なめとこ山の熊』は、熊捕り名人の淵沢小十郎と熊たちとの交流を描いたものですが、最後のシーンは熊に殺された小十郎を、熊たちがイオマンテするもの。鎮魂祭の逆バージョンです。
私は、熊に語らされたのかもしれません。
そして夕食後、スタッフみんなの前で読むことになりました。スマホのネット原稿を見ながら、我ながら下手くそだなあと思いながら読みました。
最初の辺りで、アト゜イから「よし!」と手を挙げて遮られました。アト゜イはアイヌ詩曲舞踊団を立ち上げたアーティストです。うわぁ見切り早いなあと思ったら、
「シンセサイザーとトンコリを入れる」
はっ?えっ?ほんとにやるの?マジで? 冷汗がだら~っと出ました。
それからみんなが会場準備に戻るなか、 コピー用紙をもらってネットの原稿をせっせと書き写しました。
ほぼぶっつけ本番
当日、リハーサルはあったのですが、マイクの位置と、バックで演奏していただくシンセサイザーとトンコリと縄文太鼓の出だしと、声を張るところの確認のみ。
演奏していただく二宮さん、山本さんにストーリーを説明しようとすると、 「そんなの要らない、朗読に合わせろ!」の一言。
さすがプロ😮
それから一人で何度も練習し、迎えた本番。
直前の奉納演奏の区切りが分からなくて、舞台袖でうろうろしていると、 「一美!何やってんだ!早く行け!」とアト゜イに怒鳴られる。
お辞儀も忘れて、マイクの前で原稿を構え、 シンセ→トンコリ→縄文太鼓の音を聞いて、朗読の第一声。
寒くなって声のトーンが落ちて、ろれつも怪しいところがあったけど、なんとか読み上げることができました。最後は忘れずに、深々とお辞儀をして終えました。
上手い下手は関係ない
朗読をすることが決まったとき、絶対緊張しますと言っていた私に、アト゜イは言ってくれました。
「人間に聞かせるんじゃない、絶滅種に聞かせるんだ。 上手いも下手もない。言葉に魂を乗せろ」
小十郎が死ぬときの最後の言葉、「熊ども、許せよ」。 朗読のなかで、この言葉が一番大事でした。
果たして、言葉に魂が乗せられたかどうか。
しかし、一番大事だったことは、勇気を出して 「私は朗読ができる」とアト゜イに伝えたことでした。
幸運の女神は前髪しかありません。
コロナで演奏家がキャンセルしていなかったら、アト゜イから「何か芸ができるか?」と聞かれることはなかったでしょう。そのチャンスを生かせるか。
その肝は、上手い下手の他人との比較ではなく、自分がやりたいかどうか。やらないことで後悔しないかどうか。
一日かかってしまったけれど、勇気を出せたことは、 翌年のアイヌ詩曲舞踊団モシリのメンバーとして舞台に立つ、 という貴重な体験に繋がりました。
幸運の女神の前髪を掴めば、また次の前髪が現れる。 人生は綱渡りなのかもしれません。 ですが、それはワクワクする綱渡りですね😊


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