kazumiの物語

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頭でっかちだった私が、人生の扉を開いていく道のり

がんばっているのに、なぜか満たされない。 
まわりの期待に応えようとすると、自分が本当は何を望んでいるのか、よくわからなくなる。
ストレスが溜まると「こんなに頑張っているのに。誰も理解してくれない」と気持ちが尖ってくる。
そんな自分も嫌になる。
からだのどこかに、いつも違和感や痛みがある。 

——もし、今そんな思いがあるとしたら。 それは、かつての私自身の姿でもあります。

心とからだを置き去りにしていた頃

大学卒業後、大手の教育出版社に入社しました。
気がつくと、毎日残業、休日出勤は当たり前。

お給料はそこそこいただき満足していましたが、慢性的に疲れていました。
仕事内容はおもしろく、嫌いではありませんでしたが、
心からやりたいか?と聞かれれば、ちょっと首をかしげる感じ。

それでも、仕事に役立てようとビジネススクールに通ったり、キャリアカウンセリングの資格を取ったり。
プライベートでも、朗読、コーチング、TA(交流分析)、心理学、占いやオイルマッサージまでけっこう幅広く学びました。
いわゆる自分探しというやつでした。

「今後、どう生きていったらよいのか。どんな仕事をしたいのか」

高いお金を出してコーチも雇いましたが、
コーチからの質問を肝心なところではぐらかしている自分がいました。

「ここで本当のことを答えてしまったら、会社を辞めることになるかもしれない。
そんなんじゃ生きていけない。」

本気でそう思っていました。
その一方で、腰痛、変形性膝関節症、突発性難聴、帯状疱疹を経験しました。
からだが悲鳴を上げていました。

転機は、恩師の一本の電話だった

そんな生活を根本から見直すきっかけになったのが、島根へのUターンでした。

ある日、中学時代、陸上やクラブ活動でお世話になった先生から、
突然、「地元で教育NPOを作ろう」というお誘いの電話を受けました。

先生は、普段私に電話をかけても繋がらないのに、一発で繋がることに驚かれていました。
私は、ずっと行きたかった石川県の白山比咩神社をお参りして、ホテルで寛いでいたところでした。
自分の行くべき道に進めますようにとお願いしていたので、不思議な縁を感じました。

教育NPO。同じ教育畑ですが、企業と違って利益を上げる必要はありません。
当面の仕事は、経済的な困難を抱える学童保育の立ち上げとのことでした。

小学生を対象とする仕事経験はないし、自分にも子どもはいない。
そんな私でも務まるだろうかと思いましたが、世の中で必要とされる大事な仕事です。
それを任せてもらえるなんて、やりがいのある話です。

人生を180度変える転機にワクワクしました。

「分かりました。では、会社を辞めて戻ります。」
そう言って、電話を切りました。

それまでの働き方と変わらなかった

27年お世話になった会社を退職。
すぐに地元、島根での新しい仕事が始まりました。

蓋を開けてみると、教育NPOではなく、地元の第三セクターでの勤務でしたが、
仕事は予定していた学童保育の立ち上げでした。

勝手が違う会社での新しい事業の立ち上げ。
忙しいのは当たり前と、残業や休日出勤を厭いませんでした。
会社から徒歩1分の市営住宅に住み、仕事中心の生活。

ところ変われど、働き方はそれまでとまったく変わりませんでした。

当然、からだはガチガチになります。
朝起きると背中や腰が痛んだり、車を運転するのに首がまわらなかったり。
ネットで検索した治療院に通いますが、そのときはよくなっても、すぐに元に戻りました。

ワクワクするよりも、だんだん「やらねば」の気持ちが強くなっていきました。

人生を180度変えたつもりが、ゼロに戻ってしまった。
これでは、もといた会社を辞めた意味がないではないか。

事業を立ち上げて2年が経つ頃、
立ち上げの責務は果たせたと思い、会社を辞めました。

フリーになって、さて、何をするか

とりあえず失業給付金をいただくため、ハローワークに行きました。

そこのカウンセリングで、興味のあることとして、
NPO法人森の蘇りの『きらめ樹』の活動の話をしました。

実は、Facebookの友人の投稿を見ておもしろいと思い、
仕事の傍ら、NPOの本拠地である静岡県の富士宮まで出かけて資格を取っていました。
休日には、友人と一緒に、『きらめ樹』のお話会や皮むきのイベントを開いていたのです。

『きらめ樹』とは、間伐の一種で、ヒノキやスギの皮をむき、
立ったまま自然乾燥させることで森に光を入れる方法です。

女性や子どもでも参加できる、森づくりの活動。
森林を再生することで、山だけでなく川や海の生態系も回復していきます。
その間伐材を加工する小さな工房が成り立てば、地域における森林再生の一助となる。

この話を聞いた職員の方から、
職業訓練校であるポリテクセンターの住宅リフォーム科の受験を勧められました。
木材を伐り出したあとの使われ方を学んでみようと、半年間お世話になりました。

とりあえず、興味のあることはやってみよう。
やってみて、できるかどうかを考えよう。

再びの、新しいスタートでした。

IAM(間脳エネルギー活性法)との出会い

ポリテクセンターに通うかたわら、時間ができたので、気になっていた健康にも意識が向きました。
これまでは、からだを整えるのに、整体やマッサージなど人に任せきりでした。
仕事で疲れて、自分でメンテナンスなんてやる気が起こりませんでした。

しかし、人生で20種類ぐらいの治療法を経験してきて思うのは、
自分のからだを治すのに、人に任せてしまうことよくないのではないか、ということでした。

そんなことを考えていたとき、『ライオンあくび』のオンラインサロンを案内する、一通のメールが届きました。
まだ東京にいる頃、友人に連れられて行ったセミナーで、メールアドレスを登録していたのです。

『ライオンあくび』は、口の開閉を通じて脳をリフレッシュさせるセルフケア。
実際にサロンに入会しやってみると、肌艶が変わるし、背中がバリバリとほどけていくのが分かりました。
みんなで一斉にあくびをするので共鳴現象も起きるのです。

たかがあくび、されどあくび。

セルフケアとしては、この『ライオンあくび』がありますが、
セラピストが行うIAMという施術もありました。

IAMは、Interbrain Activation Method(間脳エネルギー活性法)の略で、
自然治癒力の源である間脳のエネルギーにアプローチするもの。

セルフケアでさえ体感があるので、より直接的な施術を受ければ私の長年の腰痛も治るかもしれない。
『ライオンあくび』を続けつつ、いつかこの施術を受けられたらいいな、と思っていました。

『きらめ樹』を仕事にしようとはしたけれど

新たに始めようとした『きらめ樹』の活動は、
山から切り出した間伐材を塔婆やフローリング材などに加工して販売するまでがお仕事です。
なので、木工器具とそれを設置する工房、材木置き場が必須となります。

どうせなら、住居も一緒になっているほうが便利がいい。
せっかく購入するなら、畑もついていてほしい。
朝、野菜を採り、それをすぐに食卓に出せるなんて、最高の贅沢です。

空き家バンクを当たったり、友人に声をかけたりしますが、なかなか良い物件が見つかりません。

ある時、友人のつてで、工房付きの事務所を所有される方とのご縁ができました。

広い事務所で二階もあり、ここを居住スペースに使えます。
小さいですが、畑にできる場所もありました。
持ち主さんと丁寧に信頼関係を築き、「この事務所を買うかね」と言ってもらえるまでになりました。

事務所のリフォームを思案しているとき、
ふっと、一つの部屋を施術ルームにしてはどうか、というアイディアが浮かびました。
『きらめ樹』の活動で木材を伐り出し、その加工をしつつ、空いた時間で施術も行う。
ダブルワークってよくない?

一気に、IAMの施術を学ぶ熱が高まりました。
そこで、意を決して、3月から始まるIAMのスクールに申し込みました。

と、そこまでは良かったのですが、
スクール開始の1週間前、事務所の売買契約の数日前、購入を断念せざるを得ない出来事が起きました。
直接のきっかけは、私が持ち主さんとの約束を破ってしまったことにあります。
しかしそれは、いくつもの偶然が重なり、これ以上ない絶妙なタイミングで起こりました。

実はもっと以前から、ちょっとした違和感を何度も感じていました。
その度に、おうちを買わせてもらうためと、その違和感に目を瞑ってきていました。

最後の最後に、ここじゃないよと教えてくれるかのような出来事。
ここまで頑張ってきたのに、という思いはありましたが、諦めようと決心しました。

結局、工房付き事務所は流れ、施術を学ぶスクールだけが残りました。

事の経緯をNPO森の蘇りの方にお話したら、こう言われました。

「ねばならないだね」

日本の森林を守らなければならない。
自分が奪った木の命を木材として生かさなければならない。
私はそんなふうに思っていたのです。

ああ、またやってしまった。

義務感や責任感で仕事をした結果、心もからだもすり減ってしまう。
それは、学童保育の立ち上げと一緒じゃないか。
東京の会社員時代と一緒じゃないか。

しばらく、『きらめ樹』のことは考えられなくなりました。

初めて、IAMの施術を受ける

そんな人生の方向を再び変えるような出来事があり、
ゼロベースでIAMの学びを始めることとなりました。

スクールの前日、初めて創始者の駒川耕司先生の施術を受けました。
オンラインサロンで、感動する、涙が出た、などの体験談を聞いていました。
そうなるのかなと思いきや、あっけなく終わりました。
帰り道、まあ、確かに歩きやすくはなってるし、こういうものなのかと思いました。

ところが、その夜半、寝ていたら腰に痛みが走り、朝まで痛みで眠れなくなりました。

翌日、足を引きずりスクール会場へ向かいます。
先生に質問すると

「エネルギーは流れているから、好転反応です。でも、痛くて眠れないのはまれですね。」

好転反応による眠れないほどの痛み、それが、IAMの施術との出会いでした。

どれだけ、からだをないがしろにしてきたか。
それを象徴するような好転反応でした。

その日のスクールが終わる頃、引きずっていた足は、ほぼ元に戻っていました。

IAMの学びで気づいたこと

私は自分が頭でっかちなタイプだという自覚はありました。
施術についても、理屈で理解しようとしていました。

ところが、IAMは駒川先生の臨床での感覚にもとづくもの。理論は後付けです。

一緒に学ぶ仲間は治療家さんが多く、まったくの素人の私は、初日から場違いなところに来たと青ざめました。

みんなと同じようにできない私。
右か左か、どちらがいきやすそうに見えるか、それだけでも頭はフリーズ。
何を以て、いきやすいというのか。
イチイチひっかかるのです。まるでロボットみたい。
すべて頭で理解しようとしていたのです。
何より、間違えてはならないという緊張感で、からだが強張っていました。

「なんとなくでいいのよ~」
そうサポーターの先輩に言われても、それが難しかった。

私の場合、まず整えるのはからだではなく、自分の思考グセだったと気づきました。

それまで、家族やまわりの期待に応えようと一生懸命でした。
「これだけやっているのに、誰も私を分かってくれない」
そんな被害者意識を持ち、ときには相手を責めることもありました。
そんな自分が嫌でした。

常に人と比較し、できない自分に腹が立ち、どんどん自信もなくしていきました。

ネガティブな思考は、自分を小さく見積もり、何者でもない自分になっていきました。
それが、ガチガチのからだになっていったのかな。

私にとって必要だったのは、このネガティブな思考を手放すことでした。
しかし、どうやったら、このネガティブな思考を手放すことができるのか。

ネガティブな思考を、思考で分析しても堂々巡りです。

思考が悪いわけではありません。
ただ、私たちは思考を必要以上に使い過ぎているのです。
それもネガティブな方向へ。

この余計な思考を鎮めれば、ハートに眠る「本来の自分」に近づくことができる。

「IAMの目指すところは、間脳エネルギーを活性化させることだけではない。
からだを整えていくことも大事だけれど、
思考を鎮め、「本質の自分」に気づき、そこと一致して、幸せに楽しく暮らしていくことだよ。」

そう先生に教えていただきました。

施術をやり始めたら、畑や果樹、木々に囲まれた一軒家と出逢った

実はスクールで学び始めてすぐ、モニターさんに施術をすることを勧められました。
やってなんぼです。
市営住宅の一室に折り畳み式の施術ベッドを入れ、狭いながらも施術を始めました。
友人に声をかけ、最初は無料から、研修生ながら徐々にお金もいただくようになりました。

IAMのホームページから探していらっしゃる方も出てきました。
スクールで学んだことを、自分にも、お客さまにも実地で生かさせていただきました。

しかし、いかんせん、部屋が狭い。
いくらモニターさんであっても、ここではリラックスしてもらいにくい。

最初の半年間のスクールを終えた頃、ふっと思い立って、再び空き家バンクを覗いてみました。
すると、見晴らしのよい平屋の一軒家が目に留まりました。

結局、そのおうちを内覧後の二日目に購入することが決まりました。
畑や果樹、木々に囲まれた、自然に囲まれた落ち着ける場所でした。
部屋数もあり、客間は施術ルームにピッタリ。
お客さまに宿泊いただくことも可能です。

売買契約もその後の準備も、工房付きの事務所のときとは違い、スムーズに進みました。

これからやろうとしていることと、時期がかみ合ったんだな、と思いました。

三歩進んで二歩下がる亀の歩み

そうやって少しずつ環境は整っていくなか、IAMの学びは続きます。
私は、東京、神戸と3期連続してスクールを受講しました。
なぜかと言えば、分からなかったから。

セルフケアの『ライオンあくび』のやり方を伝える認定資格は早めに取得しましたが、
施術の認定資格(認定プラクティショナー)の難易度は高く、はるか遠くにありました。

セラピストとしての施術の感覚をつかめない私は、感覚の優れた仲間に嫉妬することもありました。
分からない、できない自分を恥じ、劣等感を感じていました。

先輩に、何度も励ましてもらいました。

「もともと感覚が優れていて、すぐできるようになる人はいる。
でもそういう人は努力しないでできちゃうから、その先に行きにくいのよ。
一方、丁寧に一つひとつ積み上げていく人もいる。
そういう人は安定した力を発揮するのよ。」

私は亀の歩みで行こう。

もっと分かりたい、もっとできるようになりたい一心で、
スクールの受講を終えても、毎月のようにスクールのお手伝いとして、東京、神戸に通いました。

自分の直感にしたがう

「もう、いつでも認定プラクティショナーの試験を受けてもいいんだよ。」

先輩にそう言われても、自分の施術にそこまでの実力はないと固辞しました。
「自分はまだまだ」という安全圏に身を置き、変化を、傷つくのを恐れていました。
自分を信じきれない。

ここでも、自分のネガティブな思考が一番の関門でした。

あるとき、前述の先輩の代打で、ライオン
セミナーの一部を担当することになり、予定外の上京が決まりました。

そのとき、ふっと、来年どうなっているかは分からない。
試験を受けるなら今だ、今しかないと直感しました。

相変わらず自信はありませんでしたが、
落ちたら落ちたでいいや、それも経験になると、
認定プラクティショナー資格の試験を申し込みました。

だめな自分も、静かに受け入れられるようになっていました。

ちょうど試験を申し込む1週間ほど前、
先生に「一美さんは”準認定者”だから」と、認定者のzoomミーティングに出させていただいていました。
他の認定者の方々にも、「早く試験受けなよ」と声をかけてもらっていました。

まわりで環境を整えて、私の決断を待っていてくださったのです。

実技試験と筆記試験を経て、その年、無事にIAM認定プラクティショナーとなりました。

少しずつ、ハートの感覚に目覚める

IAMの施術を受け始めた頃、先生から「セメダインで貼り付けたようなからだ」と表現されました。
また、「スクールのとき、笑わなかったよね」と。
それぐらい、からだも頭も、そして心もガチガチだったのです。

それが、何人にも「雰囲気が変わったね」と言われるようになりました。

IAMを学び始める前、すべてがリセットされました。
会社の仕事も、間伐材の仕事も。

学び始めて、畑や果樹、木々に囲まれた一軒家が見つかりました。
引っ越しをして、正式に自然療法サロンをオープンしました。
セルフケアだけでなく、施術の認定資格も取得しました。

一旦、すべてを手放したら、

何が正しいかの正解探しをしなくなった。
人と比べなくなった。
自分を責めなくなった。
少しずつ、ハートの感覚に目覚めてきた。

季節の移ろいを眺められる部屋でのお客さまとの語らい。
その穏やかな表情とふとした気づきに、お互いの笑顔がもれる。
そんな瞬間に立ち会えることが、この上ない喜びです。

「I AM that I AM(私は、私である)」

私たちのハートの奥には、「人生の創造主」としての「本来の自分」、「本質の自分」が存在しています。

しかしそれは、幼い頃につちかわれた信念、思い込みというネガティブな思考に覆われてしまっています。
思考を鎮め、気づきの視点に立つことで、ハートの感覚で人生を選んでいくことができます。

「頑張っているのに満たされない」
「からだのどこかに違和感がある」
「自分が本当に何をしたいのかわからない」

——そんな思いを抱えているなら。

それは、頭とハート「本質の自分」が一致していないというサインなのかもしれません。

これから綴るブログやメルマガは、そのサインに気づき、
頭でっかちの思考中心の生き方から、自分の心とからだと繋がった生き方へと戻っていくための、
一つの乗り物のようなものです。

特別な訓練や才能はいりません。
自分の心やからだと向き合うことを通して、自分自身の本質に、少しずつ近づいていくことができます。

私自身、まだその道の途中にいます。心とからだが緩んでいくと、
これまで見えていなかった「本当にやりたいこと」や「自分らしい生き方」が、少しずつ姿を現してくる
——そんな実感を、今もひとつずつ重ねているところです。

ぜひご一緒に、自分の内なる力、本質を少しずつ開花させていきませんか。

佐藤一美
IAM認定プラクティショナー
ライオンあくび認定インストラクター
自然療法シェルハ主宰(島根県雲南市)

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「頭で考えること」に忙しくて、自分の本当の気持ちが、いつのまにか置き去りになってはいないでしょうか。このメルマガは、そんな方に向けて、自分の内側につながるための『気づきの種』をお届けしたいと思っています。

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